夜会_第五十九夜は、北九州市門司麦煉瓦館館長の市原猛志さん

  • 2015/6/13
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WeLove小倉夜会 第五十九夜は、北九州市門司麦煉瓦館館長の市原猛志さんに

産業遺産の魅力・鈴木商店と世界遺産候補「明治日本の産業革命遺産」を例に という演題でお話をいただいた。

地元北九州市が、日本の現在の経済大国にへの至るまでの、明治日本の産業革命という重要な役割を担って来た事を説明いただき、1時間半があっという間でした。

この北九州市には、これまで営んで来た人達の、大きなスケールの物語が無数に存在する事に改めて驚きました。特に鈴木商店は凄い、かつてこの様な商社が門司地区に存在し、日本経済の礎を築いた。

価値は移ろいゆくものである

普段見る景色の中にも、見方を変えれば「面白いもの」や「貴重なもの」がある。

北九州・筑豊は、近代化遺産の宝庫

見方を変えることで産業遺産を知ることができる

産業遺産とは?

分野や管轄省庁により、多岐にわたる名称が存在 近代化遺産 産業記念物 近代遺跡 産業文化財など。国際定義によると、産業遺産とは歴史的 技術的 社会的 建築学的 あるいは科学的価値のある産業文化の遺物から成る。

幻の新興財閥 鈴木商店

鈴木商店は元々神戸の洋糖やハッカ 樟脳を取り扱う辰巳屋に発っする。創業者の鈴木岩治郎が明治27年に急逝。「お家さん」鈴木よねと金子直吉にて、鈴木商店は大きく飛躍をする。会社は成長し続け1917年には三井物産の売上(10億9500万)を越え15億4000万の売上。この年日本の国家予算は10億に満たず。又日本のGDP の1割以上を担っていた事になる。金子は、台湾における樟脳再精油販売で成功すると、製糖業製鋼業 更に絹糸や石油精製 食品産業から重工業 又は公共交通にいたる多角的な事業の展開を図った。渋沢栄一は「天才的な実業家」と評する。1923年(大正12年)には関連企業78社の総合商社に成長する。しかしながら米騒動による本店焼き討ちやメインバンクを系列会社に持たなかったという弱点により、経営は下降。昭和2年に倒産の憂き目に合うが、双日や帝人 神戸製鋼所や太陽鉱工など健在。鈴木商店の作った会社は現在もなお日本の屋台骨を支え続けている。

門司の近代化と鈴木商店

金子は門司の大里地区を流れる大川の豊富な水とアジアに近い立地を考え1904年に大里製糖所を設立。これが鈴木商店の飛躍のきっかけとなる。売却の余剰金で大里の地に一大穀物工場群を建設。食品工業コンビナート 神戸製鋼所や東邦金属等の金属工業、また対岸の彦島にも窒素工業(現在の下関三井化学)など多くの多くの工場を建設し、関門海峡を挟んだ両岸の地がものづくり産業日本の一躍を担った・

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